がん患者を看取る場所の必要性と現実問題を考える。

末期がん患者をはじめとする、余命が限られた人が最後に過ごす施設に「ホスピス病棟」などの看取り施設があります。

がん患者を看取る場所の必要性と現実問題を考える。

4人に1人ががんになり、高齢化社会が進む中、これらの施設を取り巻く多くの問題が浮上してきました。

今回はそれらの問題について思うことを書いていきます。

ホスピス施設、看取り施設とは

がん患者を看取る場所の必要性と現実問題を考える。

ホスピス施設や看取り施設は様々な理由で病院での看護や在宅療養が難しくなったりした人たちの受け皿となる施設です。

治療による効果が望めなくなった、これ以上治療を望まず穏やかな日々を過ごしたい、思い出を作りたいという「クオリティオブライフ(生活の質)」を求める人たちにとって最後の安息の場と言えます。

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住宅地に「看取り施設」を建設することの是非

がん患者を看取る場所の必要性と現実問題を考える。

こういった人生最後の日々を過ごすための施設が生活環境の中に溶け込むのを拒む住民の反対で問題になっている場所もいくつかあります。

「死期が近い人を集めたくない」「死が近くにあるような気がして安心して住めない」というのが主な理由です。

特に結婚や就職で新しい生活を始めようとしている人たちにとっては「受け入れがたいもの」としてとらえている人が多いようです。

看取り施設について思うこと

がん患者を看取る場所の必要性と現実問題を考える。

これは管理人個人の意見です。多くの意見や思うことがあると思います。

何か意見や見解があれば、当記事のコメントにてお寄せ下さい。

※特に看取り施設が近くにあるという人の意見がほしいです。

たくさんの意見が出ることで、議論は深まっていくと感じています。

結論から言うと、看取り施設は必要で、「非日常」として隠すものではないと考えています。

看取り施設が迷惑、いらないという声を耳にするたび「今が良ければいい」という人が増えた結果なのかと感じます。

また、死を自分の問題として捉えられない人も多いのだと感じました。それは無理もありません。人生の最期についての話ですから。

しかし、健康な今がずっと続く保障はありません。高齢者だけの問題ではありません。

突然の病気や事故で終末期看護の問題が自分のことになるかもしれません。

人が生まれ、亡くなることは日常です。誰にでも平等に訪れる死を否定することは何も生み出しません。

人は誰もが亡くなります、これは例外は絶対にありません。

施設があることで、その人の尊厳が守られ、感謝と敬意をもって旅立ちを見送れるのであろう看取り施設は必要だと感じます。

自分にはまだ遠い問題だから、ではなくいつか必ず訪れる死を自分の問題と考えて、穏やかに人生を締めくくれる場所の必要性を今一度考えてほしいと思います。

看取り施設に関する多くの意見

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さいごに

すべての人が、家族や友人に囲まれて穏やかな最期を迎えられるとは限りません。

高齢化社会が進み、末期がんなどの終末期看護が必要になってくる人が増えるに従い、こういった施設や看取ってくれる人達が必要になってくるはずです。

誰からも看取られないことは本当に辛いことです。

娘と妻を亡くしたからこそわかります。

平等にやってくる最期を穏やかな安寧にするにはどうすればいいか。

生きている人たちすべての課題ではないでしょうか。

去り行く人の手を握り「おつかれさま」「いままでありがとう」といえる優しい社会になりますように。

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