がんで逝った妻の命日に思うこと。-妻の末期がん闘病記-

妻が末期大腸がんでこの世を去ったのはクリスマスも迫った12月でした。

がんで逝った妻の命日に思うこと。-妻の末期がん闘病記-

鎮静によりほとんどの時間を眠って過ごしていた妻の病室からみた雪を今でも覚えています。

妻の命日に書き残した日記を元にブログを書いていきます。

世間はクリスマス一色。でも私は。

がんで逝った妻の命日に思うこと。-妻の末期がん闘病記-

以前妻の命日に添えて書いた日記です。

感情のまま書いているので、読みにくかったり、つじつまがおかしいところがあるかもしれません。

ご了承下さい。

家族を亡くした一人の人間の思いの吐露をありのままに感じてほしくて当時の日記の原文のまま掲載しています。

世間はクリスマス一色で、病院に行く道中は沢山の人で賑わっていてみんなとても楽しそうな顔をしています。

プレゼントを小脇に抱えて愛する人へ向かう人も何人もみました。

その表情はとても嬉しそうで、優しくて。

私も一年前はクリスマスが大好きだった。

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妻とイルミネーションに飾られた街をゆっくり歩いて、おもちゃ屋にいって娘のプレゼントを選んで(プレゼント選びは娘が逝去した今も毎年続けています)。

でももう、娘もいない。妻もいない。

いつになったら私のクリスマスはまた始まるのだろう。

サンタクロースが本当にいるのなら、妻に、娘にもう一度だけ会わせてほしい。

ほんの1日、いや1時間、10分でいい。

会いたい、会いたい、会いたい。

二人の明日を生きる

今年ももうあとわずか。

来年も二人がいない一年がやってくる。

仕事にも打ち込め、友人や仲間たちとの付き合いも私なりにやれている。

周囲も私が少しずつ立ち直ってきてくれたと思っているだろう。

しかし、一人になるとたまらなく辛くなる。

妻と娘がいない一年がどんどん積み重なって、二人がいた日々がどんどん過去になっていくのが辛い。

妻を娘を失うかもしれないという恐怖と戦った日々も辛かったけれど、

二人を失った寂しさやくるしさと戦った日々も辛かった。

早く二人の下へ行きたい。

でも自ら望んでいくわけにはいかない。

私は生きている。

二人が行きたかった明日を生きている。

生ききらないといけない。

その日々はきっと辛いだろう。

街中で家族で過ごした痕跡を見つけるたびに涙がでてくる。

でもいつの日か二人に会った時、笑顔でいられるようにがんばらないといけない。

大好きだよ。愛しているよ。

命日に思うこと

月命日、命日は愛する人を静かに思い出す日です。

残された人は愛する人を思い、時に涙を流します。

しかし、そればかりではいけません。

いつの日か命日を「残された人が立ち上がる転機」にしなければいけないと思います。

愛する人が行きたかった今日を、明日を前向きに生きるために。

これを読んで、少しでも「命日」について考え、愛する人の命日が前向きに生きようと思う日となれば幸いです。

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