末期小児がん(白血病)闘病記-娘が旅立った日のこと-

私の娘は小児がん(白血病)で旅立ちました。
末期小児がん(白血病)闘病記-娘が旅立った日のこと-
ずっと書けなかった、娘の旅立った日のことを書き残していきます。

娘の頑張った記録、命の記録を読んでいただければ嬉しいです。

あの日の朝

末期小児がん(白血病)闘病記-娘が旅立った日のこと-
娘は一昨日前に、人工呼吸器を装着しました。

それはがんの痛みが強くなり疼痛コントロールが難しくなってきたこと、呼吸管理を安全に行うためでした。

人工呼吸器をつけることで、あと数日は娘と生きていけると思っていました。

その日は午後から仕事が詰まっており、午前中に紙おむつをもって面会に行き、娘の顔をみて仕事へ向かいました。

まだ視覚的に人工呼吸器は慣れませんでしたが、眠っている様子をみて、「今日は穏やかに過ぎてくれそうかな」と思ったものです。

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急変の電話

末期小児がん(白血病)闘病記-娘が旅立った日のこと-
妻からの急変の電話を受けたのは、職場で同僚に娘のことをきかれて話していたときでした。

取り次いでもらった電話に出ると妻が「Makiが…もうだめかも…早く来て…」と涙声で切り出しました。

そこからどう急いだのかはあまり覚えていません。

会社を飛び出して「今パパがいくから、まっとれよ」の一心で病院まで飛ばしました。

旅立ち

娘の病室の前は医師と看護師が集まっていて病室に入ると、先生が娘の上に馬乗りになって心臓マッサージをしていました。

頭の中は真っ白でした。

なぜこんなことになっているのか全く分かりませんでした。

後から妻にきいたところ、突然痙攣を起こして震えだし、体に付けていた心臓モニターの波形が乱れだしました。

すぐにナースコールを押して先生を呼び、あわただしく救急治療が始まったとのことでした。

うつろな目で全く動かない娘をみて「ああ…もうだめなのか…」と思わざるを得ませんでした。

妻はベッドの足元でうずくまって泣いています。

私は妻に立ち上がるように促し、二人で娘の最期の戦いを手足をさすりながら見守るしかありませんでした。

もう一度声がききたい…パパと呼んで欲しい…笑って欲しい…。

先生の心臓マッサージの1分が1時間にも感じられました。

しかし、娘は再び目をあけることはありませんでした。

「それではね…お父さん、お母さん…6時27分です…」主治医は静かに告げました。

握っていた手の温もりが、だんだん冷たくなっていきました。

娘は静かに旅立ちました。

「苦しむことなく、安らかに天国へいきましたよ。優しい表情していますね。」

娘の顔をみて、主治医が仰った言葉です。

看護師さんたちが「Makiちゃん…Makiちゃん…」と涙しながら後処置をしていたのを今も鮮明に覚えています。

最期にお風呂に入れてもらって、綺麗に拭いてもらって、可愛いドレス着せて…。

眠っているだけで今にも目を覚ましそうな娘の姿に、実感がわきませんでした。

娘への想い

娘は生きがいそのものでした。

自慢の娘でした。

娘は私達夫婦の天使です。

思春期を迎えて「パパきらい!」と言われる経験もしたかった。

彼氏を連れてくる日、結婚を決める日、結婚式。

娘とこれから共有するであろう思い出は沢山あったはずでした。

笑顔で頑張ってくれた娘・Maki。

最後の最後までがんばる、学校行きたいの!と治療に立ち向かってくれた娘。

あんなに優しくて、思いやりのある女の子のお父さんになれたこと。

そしてそんな娘からパパ大好き!と言ってもらえたこと。

娘に「愛してるよ」「一番大好きだよ」と伝えられたこと。

娘の言葉ひとつひとつ、しぐさ、表情すべてが、私の人生のロザリオです。

そして娘のもとへ行った妻。

二人に会いたい、会いたい、会いたい。

声がききたい、ききたい、ききたい。

ただただ、それだけを想って今日を生きています。

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