がんと残された家族はどう生きていくか(体験記/体験談)

大切な人が、大切な家族ががんになり、最期の時間を悔いなく精一杯生きたあと、残された家族はどうすればいいのでしょうか。

がんと残された家族はどう生きていくか(体験記/体験談)

私は大切な家族を2人(妻・娘)をがんで失いました。がんが憎い。

まだ立ち直れたとは言えない状況ですが、体験談として残していきます。

がんで家族を失って~しばらくは何もできなかった

娘を、そして妻を失った直後は何もできませんでした。

葬儀や納骨などすべてが映画の世界のようで、自分の身に起こっているという実感が全くありませんでした。

葬儀中も実はこれはドッキリジョークで、娘や妻、友達が「ドッキリだよ!びっくりした?」って言いながら笑顔ででてきてくれるのではと思ったりしました。

それくらい現実味がなかったのです。

今でも仕事から帰宅すると妻と娘が「おかえりなさい!」と出迎えてくれる気がします。

スポンサーリンク

気がついたら6年たっていた

がんと残された家族はどう生きていくか(体験記/体験談)
娘が元気だったら行きたがっていた某テーマパークに妻が健在のときに夫婦で行ってきました。

あのアトラクションが好きだったね、あの場所でアイスクリーム食べたね、お土産を落としちゃって係員の人に探してもらったこともあったね、と娘と遊んだ時のことを思い出しながら園内を回りました。

こみ上げる思いと涙をぐっとこらえながら、夫婦でやっと娘の思い出を笑顔で語れるようになったね、と。

月日の流れを感じました。

それは娘が天使になってから6年が経っていました。

※娘のがん闘病記を書いています。娘のがんばった軌跡をみてやってください。
■娘のがん闘病記~白血病発病から最期まで~

妻が旅立ってから

娘が天使になって8年たったころ、妻が末期がんに侵されていることが判明しました。

前向きな治療法が既に選択できず、ほとんどが痛みのコントロールから残された時間を有意義に過ごすための「治療」が行われました。

妻は何度も言いました「あの子(娘)はもっと痛い思いしたんだよね。」「こんな辛い思いしていたのに…本当にあの子は頑張り屋さんだったね」と。

闘病生活の末、妻は娘のところに旅立ちました。

正直言って、そのあたりの記憶はほとんどありません。気がついたら1周忌を迎えていました。

どんなに思い出そうとしても、何をしていたのか、どんな毎日だったのか思い出せないのです。

カウンセリングやがん相談センターに足を運んで、思いを吐露してここまできました。

周囲の人にも沢山迷惑かけてきました。

何故自分だけおいていかれたのか、そればかりを考えていました。

何度も、何度も娘と妻のそばに行きたいと、行こうとしました。

でもできませんでした。

今も眠れないときがあります。二人が恋しいです。

見かねた周囲から再婚の話もいただきました。できるはずがありません。

さいごに。そして二人へ。

残された家族はどう生きていけば良いのか、どうすればよいのか。

その答えは私もまだわかりません。

49日、1周忌、3周忌…時間がたてばたつほど、悲しみは薄れていくどころか増幅していくようにも思えます。

無理に悲しみを乗り超えようとしなくてもいい、泣きたい時は思い切り泣いても良いと思うようになりました。

悲しみを乗り越えるために必要な時間は人それぞれです。

私は表面上は乗り越えて、日常生活を送ることができるようになりました。

でもいまだにふとしたきっかけや瞬間に、津波のようにドドーッと悲しみが押し寄せてくることがあります。

それでもまた、二人に会える日を目指して、なんとか耐えていくしかないのです。

二人に「パパはがんばったよ!」と胸を張れるように。

でもたまには泣きたくなります。恋しくなります。声がききたい。抱きしめたい。

そういうときは泣き虫パパになっても許してください。

コメント