がんの親の死に目に会うべきか、会いたくない時は、後悔は。

親の死に目に会うことは、家族として当然のことといわれます。

がんの親の死に目に会うべきか、会いたくない時は、後悔は。

しかし家庭的な事情や、仕事、子供のことでそういかない事もあるでしょう。

特に親ががん患者さんの場合、死に目に会うべきか、もしくは会いたくないと思う人もいるかもしれません。

がんになった親を看取るかを迷っている人は、これを読んで何かしら気持ちが拓けたら嬉しいです。

がんの親の死に目に会うべきか

がんの親の死に目にあうべき?

がん患者の最期は、その苦痛を取り去るため、モルヒネなどの麻薬で意識をさげてほとんど眠ったようになっているのがとても多いです。

そのため、最期にあっても意味が無いとおもう人もいるでしょう。

しかし、臨終のその瞬間まで、聴覚は働いています。

表現ができなくなっているだけで、患者さんの耳には届いているのです。

親御さんに自分の言葉を伝えられる最後の機会です。

仕事や都合がつくのであれば、看取ってあげてください。

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死に目に会いたくないとき

がんの親の死に目に会うべきか、会いたくない時は、後悔は。

がんの親の死に目に会いたくないとき、どんな理由で会いたくないと思っているのでしょうか。

  • 親が嫌い。
  • 親が死んでいくのをみたくない。

個人の事情や、家庭環境、理由によって全く違いますが、今一度「本当に会わなくていいのか」を考えてみてください。

ちょっとした意地を張って会わないのではありませんか?

一言「ごめん」がほしいだけなのに、意固地になって連絡をとってないのではありませんか?

最期に立ち会ったことで、それまでの負の感情が薄れていくこともあります。

「こんなことで意地を張っていたなんて」と思えるかもしれません。

わだかまりがある人はそれを解く最期の機会になりえるかもしれません。

親が嫌い

世の中には「毒親」という言葉があるとおり、それまで親と折り合いがまったくとれなかった、親といて辛い思いをしたという人もいます。

優しい言葉をかけられる自信がない、最後まで辛い言葉をかけられるかもしれないと思う人もいるでしょう。

様々な家庭、家族のかたちがありますから、こういった場合は無理に会わなくても良いかもしれません。

しかし、本当に後悔しないのかを何度も思い返してください。

亡くなったら二度とあえません。

何をしても絶対に会う事はできません。後悔しませんか?

時間はあまりありません。

何度も自分に問いかけてみてください。

悲しい連絡がきてからでは何もかもが遅いのです。

親が死んでいくのをみたくない。

今まで自分を大切に育ててくれた親が亡くなってしまうのをみるのは、確かに辛いし逃げ出したくなりますよね。

特にがんで亡くなっていくときは、やせ衰え、骨と皮だけになって、体を起こすことすらもできない状態へなっていきます。

もしかしたら、子供であるあなたのこともわからなくなっているかもしれません。

うわごとを繰り返し、痛い、痛いと力なく言い続けているかもしれません。

大好きな親のそんな姿をみたくない、だから看取りたくないという人もいます。

その気持ちは間違っているものではありません。

しかしそこで、患者さんの気持ちを考えてあげてください。

家族に看取られず1人で死ぬ方がきっと辛く悲しいです。

がんの痛み以上に辛いことです。

大事な人、家族が見守ってくれたらがんばれることは沢山あります。

「看取るのが嫌」とあなたが苦しむ時間は終わりがきます。

生きていれば笑える日がくるのだから。

できることなら見守ってあげてください。

見送る事をしなかったら後悔するのではないでしょうか。

まとめ

親ががんになってしまったら避けられない別れが近いうちに訪れます。

がんに限らず、病死で別れることは急変もあり、心の整理がつかないことが多いです。

会いたくない、会わないというのも自由です。

しかし、会わないで本当に後悔しないのか、伝えたいことは何もないのかをよく考えてみてください。

亡くなってから後悔しても何もできません。

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